
国民民主党を選んだのは2023年。その当時は全国の状況と同様に、佐久市での知名度もゼロでした。
そのような中、当時の長野県連代表・大塚耕平元参議院議員とお話しし、「信州こくみん政治塾」を立ち上げました。私は事務局長を務めていました。
事務局長を経て、選挙に出るときは国民民主党の看板を背負おうと決めました。そうでもしないと、佐久市の方々に国民民主党の名前を知ってもらうことが難しいと感じていたからです。
私は日本には自民党と議論ができる、建設的な野党が必要だと考えてきました。では野党の中でどこを選ぶか。改革中道として、政策本位に政治を進めようとする国民民主党以外に選択肢はありませんでした。
その後に迎えた2024年の衆議院議員選挙。「手取りを増やす」を掲げて戦い、多くの方々のご支援により、議席を4倍にすることができました。佐久市でも4,183名の方が、比例票で投票をして下さいました。本当に有難うございました。(まさかこんなにも早く国民民主党の名が知られるとは思ってもみませんでした。)
一方で、榛葉幹事長からは「国民民主党が支持されたのではない。国民の切実なSOSが、声として我々に届いているのだ」と、できることを着実に進めるよう党内でメッセージが出されています。
103万円の壁は、目指した結果まではたどり着けませんでした。しかし一方で、自民党内にも長年問題としてはあがっていたが、30年間国会で議論されることのなかった政策が議論されるようになりました。自民党一強ではない政治が、本当に日本の将来を見据えて必要な政策を動かしていくのだと改めて感じています。
国民民主党は「103万円の壁の引き上げ」「ガソリン暫定税の廃止」以外にも、「孤独孤立対策」「内密出産の法制化」「ヤングケアラー支援」「就職氷河期世代支援」等、声なき声を国政に届けるべく、超党派での議論を進めてきた政党でもあります。
右でも左でもなく、政治を前に進めるために、皆様の声に寄り添い、政策を前に進める。佐久市でも、声なき声を拾い、市政に届けることを目指して参ります。
※それでもなぜ国政ではないのか、はこちらに書いています。
「国政にいかないんですか?〜なぜ地方議員なのか」